高札のチカラ
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(イラスト:岡本 芽依)


史料
史料1『 大乗院寺社雑事記 ( だいじょういんじしゃぞうじき ) 』文明16年(1484)7月24日条
十万部経勧進聖事、不律子細在之間、自去春比令停止長谷寺出入之由一決、然上者於当所 可述供養条、不可得旨、執行申之、此子細一昨日聞之、以外驚入、然而来月十日可有供養 之由在々所々札立之云々、以外次第也、可撤彼札之由仰付奉行了、此子細則大安寺長老方 へ申遣了、
史料2『大乗院寺社雑事記』文明16年(1484)8月13日条
去十日長谷寺ニ而十万部法花経延供養、於礼堂在之、導師誓願師アサリ、次大安寺方丈説 法在之云々、同音経衆七十口計、各十疋引之云々、勧進聖所為也

現代語訳
史料1『大乗院寺社雑事記』文明16年(1484)7月24日条
十万部経法会を担当する勧進聖の事について。勧進聖はルールを守らないことがあったの で、この年の春から長谷寺に出入りできないようにしようと決まっていた。そのようなこ とがあったので、長谷寺にて十万部経の供養を行うことはできなくなったと、執行が私 ([日記の記主・尋尊])に述べた。私はこのような訳を一昨日に聞いて大変驚いたので ある。ところが、来月10日に十万部経の供養が行われるという旨を記した高札がいたると ろに立っているという。もってのほかである(怒)―勧進聖がルール守らなかったため、 十万部経法会は中止と決まったはずであるのに―!十万部経法会を来月10日に行うと記し た札を私は奉行に命じて撤去させた。このいきさつについては、大安寺長老にも伝えてお いたところである。
史料2『大乗院寺社雑事記』文明16年(1484)8月13日条
去る10日、長谷寺にて十万部法華経法会が長谷寺の礼堂にて行われた。導師は誓願寺の阿 闍梨で次いで大安寺長老の説法があったという。経衆の僧侶は70人ばかりで、それぞれに 10疋(100文=10,000円)のお布施が配られたという。これは勧進聖の仕業である。

おもしろ話
勧進とは、橋や道、寺社などの施設修復にあたっておこなわれる募金のことを言います。 勧進活動は、聖や山伏といった宗教者が担当することが多く、「勧進聖」と呼ばれました。 ここにあげたのは、長谷寺の勧進聖に関する史料です。つまり、戦国時代の長谷寺の修造 は、なんと募金でまかなわれていたことになります!
 ただこの史料が面白いのは、当時の募金活動が、長谷寺でチャリティイベント(ここでは 十万部経法会)を企画・開催し、それを「高札」で宣伝していることがわかるところです。 ただたんに人通りの多いところで募金を募るのではなく、人をひきつけるイベントを企画 しそれをPRすることをしていたのです。
 しかも、この長谷寺十万部経法会で面白いのは「高札」という宣伝媒体の中世社会におけ る力です。というのもイベント主催者である勧進聖は史料1をみると何らかのルール違反 を犯し、長谷寺への出入りを禁じら、イベントも中止となっています。ところが、勧進聖 は高札を至る所に立てイベントの告知をするのです。当然、この高札は撤去されますが、 高札を見た人が集まってしまったため、中止のはずであった長谷寺十万部経は実施されて います。つまり、高札のよる宣伝の力が中止となっていたイベントを甦らせたのです。こ うしてみると勧進聖は重ねてルール違反をしているわけですが、中世社会における高札の もつ情報発信力の凄さというものを感じずにはいられません。




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