人 物 史

野洲井光助 やすい みつすけ
生 没 年?-?
出 身-幼 名-
別 称-
法 名-
戒 名-
--
兄 弟 姉 妹-
配 偶 者-
-
官 位修理亮
役 職-
職 業土倉店 名-
店 所 在 地-
参 考 文 献○「野洲井光助」に関する参考文献
関 連 デ ー タ-
野洲井光助 年表
- -年 -月-日 
野洲井光助が生まれる。
出典:-

天文7年 1538年 1月4日 
野洲井光助が蜷川親俊より20疋、扇、塩引を賜る。
出典:『蜷川親俊日記』同年月日条

天文7年 1538年 3月11日 
野洲井光助のところで茶の湯があり、蜷川親俊が参会する。光助の350貫する茶碗を親俊が見物する。
出典:『蜷川親俊日記』同年月日条

天文8年 1539年 1月2日 
野洲井光助が蜷川親俊に20疋を贈る。親俊より扇を賜う。
出典:『蜷川親俊日記』同年月日条

天文8年 1539年 1月6日 
野洲井光助伊勢貞孝に例年通り1荷を贈る。光助は貞孝に対面する。
出典:『蜷川親俊日記』同年月日条

天文8年 1539年 2月19日 
野洲井光助が蜷川道運に茶碗を見せる。また、天文7年に光助が500貫で入手した「下京ハネブチ作」の竹茶杓を蜷川親俊が見物する。
出典:『蜷川親俊日記』同年月日条

天文8年 1539年 12月30日 
上京下京の地下人20名の連判状をもって幕府に願い出ていた納銭方の員数増員が認められる。これにつき、礼として、地下人納銭方の佐野、中山、野洲井光助伊勢貞孝のもとを訪れ300疋を贈る。
出典:『蜷川親俊日記』同年月日条

天文11年 1542年 4月15日 
母の家の裏小屋が焼失する。
出典:『蜷川親俊日記』同年月日条

天文19年 1550年 1月4日 
蜷川親俊が野洲井光助に20疋、扇を贈る。
出典:『蜷川親俊日記』同年月日条

- -年 -月-日 
野洲井光助が死去する。
出典:-

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