人 物 史

菊池武時 きくち たけとき
生 没 年正応5年(1292)-正慶2年・元弘3年(1333)3/13
出 身-幼 名正龍丸
別 称次郎
法 名寂阿
戒 名広福院真空寂阿
菊池隆盛-
兄 弟 姉 妹菊池武時
配 偶 者-
菊池頼隆、菊池武重、菊池武茂、菊池武澄、菊池隆舜、菊池武吉、菊池武義、菊池武光、菊池武尚、菊池武士、菊池武隆、菊池武敏、菊池武豊、菊池乙阿迦丸
官 位-
役 職-
城 郭-
参 考 文 献-
関 連 デ ー タ菊池武時の関連文化財
菊池武時 年表
正応5年 1292年 -月-日 1歳
菊池武時が生まれる。
出典:-

永仁1年 1293年 8月5日 2歳
「正応」より「永仁」に年号が改まる。
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正安1年 1299年 4月25日 8歳
「永仁」より「正安」に年号が改まる。
出典:-

乾元1年 1302年 11月21日 11歳
「正安」より「乾元」に年号が改まる。
出典:-

嘉元1年 1303年 8月5日 12歳
「乾元」より「嘉元」に年号が改まる。
出典:-

徳治1年 1306年 12月14日 15歳
「嘉元」より「徳治」に年号が改まる。
出典:-

延慶1年 1308年 10月9日 17歳
「徳治」より「延慶」に年号が改まる。
出典:-

応長1年 1311年 4月28日 20歳
「延慶」より「応長」に年号が改まる。
出典:-

正和1年 1312年 3月20日 21歳
「応長」より「正和」に年号が改まる。
出典:-

文保1年 1317年 2月3日 26歳
「正和」より「文保」に年号が改まる。
出典:-

元応1年 1319年 4月28日 28歳
「文保」より「元応」に年号が改まる。
出典:-

元応1年? 1319?年 -月-日 28歳
子・武光が生まれる。
出典:-

元亨1年 1321年 2月23日 30歳
「元応」より「元亨」に年号が改まる。
出典:-

元亨1年? 1321?年 -月-日 30歳
子・武士が生まれる。
出典:-

正中1年 1324年 12月9日 33歳
「元亨」より「正中」に年号が改まる。
出典:-

嘉暦1年 1326年 4月26日 33歳
「正中」より「嘉暦」に年号が改まる。
出典:-

元徳1年 1329年 8月29日 38歳
「嘉暦」より「元徳」に年号が改まる。
出典:-

元弘1年 1331年 8月9日 40歳
「元徳」より「元弘」に年号が改まる。
出典:-

元弘2年 1332年 3月7日 41歳
後醍醐天皇が配所・隠岐国に赴くべく、京都を出立する。千葉五郎左衛門・佐々木備中判官が道中を警固する。
出典:『関城書裏書』

正慶1年 1332年 4月28日 41歳
「元弘」より「正慶」に年号が改まる。
出典:『桜雲記』巻之上

正慶2年 1333年 閏2月26日 42歳
後醍醐天皇が片見(伯耆国)に移る。後醍醐天皇に供奉していた成田が名和長高の館に赴き、長高に後醍醐天皇に味方するようつたえる詔勅を渡す。長高は詔勅に応じ、後醍醐天皇を船上山まで警固し、船上山にて挙兵する。
出典:『関城書裏書』、『桜雲記』巻之上

正慶2年 1333年 3月13日 42歳
菊池武時が鎮西探題を襲撃し、戦死する。
出典:-

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