人 物 史

蓮如 れんにょ
生 没 年応永22年(1415)2/25-明応8年(1499)3/25
出 身山城国
俗 姓(氏)大谷俗 名布袋丸、兼寿
別 称-
院 号 坊 号信証院
存如-
兄 弟 姉 妹蓮如、如祐(永存の妻)、如祐、如勝、応玄、蓮康、俊如(光善寺順如の妻)
配 偶 者如了(伊勢貞房の娘)、蓮祐(伊勢貞房の娘)、宗心(姉小路昌家の娘)、蓮能(畠山政栄の娘)
順如、如慶(常楽寺蓮覚の妻)、蓮乗、見玉、蓮綱、寿尊、蓮誓、実如、妙宗、妙意、如空(興行寺兼孝の妻)、祐心(白川資氏の妻)、蓮淳、了忍、了如(瑞泉寺蓮欽の妻)、蓮悟、祐心(中山宣親の妻)、如勝(勝林坊勝慧の妻)、蓮周(超勝寺蓮超の妻)、蓮芸、妙祐、実賢、実悟、実順、実孝、妙宗(常楽寺実乗の妻)、実従
所 属 寺 社本願寺[住持]
僧 位 僧 官-
諡 号慧燈大師
師 匠-
参 考 文 献蓮如に関する参考文献
関 連 デ ー タ蓮如の関連文化財
足利尊氏 年表
応永22年 1415年 2月25日 1歳
蓮如が生まれる。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第1「歴世宗主伝第一」

正長1年 1428年 4月27日 14歳
「応永」より「正長」に年号を改める。
出典:-

永享1年 1429年 9月5日 15歳
「正長」より「永享」に年号を改める。
出典:-

永享1年 1429年 -月-日 15歳
蓮如が広橋兼郷の猶子となり、青蓮院尊応のもとで得度する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

永享10年 1438年 8月-日 24歳
蓮如が『浄土真要鈔』を書写する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第1「歴世宗主伝第一」

嘉吉1年 1441年 2月17日 27歳
「永享」より「嘉吉」に年号が改まる。
出典:-

文安1年 1444年 2月5日 30歳
「嘉吉」より「文安」に年号が改まる。
出典:-

文安1年 1444年 -月-日 30歳
子・如慶が生まれる。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文安3年 1446年 -月-日 32歳
子・蓮乗が生まれる。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文安5年 1448年 5月-日 34歳
蓮如が東国に下向する。下間丹後、金宝寺教俊、百済寺性従、性慧、福田寺琮俊、慶乗、専称寺心光、仰願寺良珍等18名が供をする。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文安5年 1448年 -月-日 34歳
子・見玉が生まれる。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

宝徳1年 1449年 7月28日 35歳
「文安」より「宝徳」に年号が改まる。
出典:-

宝徳2年 1450年 -月-日 36歳
子・蓮綱が生まれる。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

享徳1年 1452年 7月25日 38歳
「宝徳」より「享徳」に年号が改まる。
出典:-

享徳3年 1454年 10月5日 40歳
子・寿尊が生まれる。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

康正1年 1455年 7月25日 41歳
「享徳」より「康正」に年号が改まる。
出典:-

康正1年 1455年 -月-日 41歳
子・蓮誓が生まれる。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

康正3年 1457年 6月18日 43歳
父・存如が死去する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第1「歴世宗主伝第一」

長禄1年 1457年 9月28日 43歳
「康正」より「長禄」に年号が改まる。
出典:-

長禄2年 1458年 閏3月-日 44歳
蓮如が近江国栗田郡山田村の善可に方便法身尊像を下付する。
出典:方便法身尊像裏書(滋賀県立安土城考古博物館編『信長と宗教勢力-保護・弾圧そして支配へ-』)

長禄3年 1459年 -月-日 45歳
子・妙宗が生まれる。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

長禄4年 1460年 6月-日 46歳
蓮如が道西の請いに応じ、『正信偈大意』1巻を著す。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

長禄4年 1460年 10月4日 46歳
継母・如円が死去する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第1「歴世宗主伝第一」

寛正1年 1460年 12月21日 46歳
「長禄」より「寛正」に年号が改まる。
出典:-

寛正1年 1460年 -月-日 46歳
子・妙意が生まれる。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

寛正2年 1461年 12月-日 47歳
蓮如が法住道場に寿像を下付する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

寛正2年 1461年 -月-日 47歳
親鸞聖人200年忌。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

寛正3年 1462年 -月-日 48歳
子・如空が生まれる。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

寛正4年 1463年 -月-日 49歳
子・祐心が生まれる。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

寛正5年 1464年 -月-日 50歳
子・蓮淳が生まれる。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

寛正6年 1465年 1月9日 51歳
延暦寺西塔の僧衆が大谷本願寺を破却する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文正1年 1466年 2月28日 52歳
「寛正」より「文正」に年号が改まる。
出典:-

文正1年 1466年 -月-日 52歳
子・了忍が生まれる。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

応仁1年 1467年 3月5日 53歳
「文正」より「応仁」に年号が改まる。
出典:-

応仁1年 1467年 -月-日 53歳
蓮如が堅田に移る。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

応仁1年 1467年 -月-日 53歳
子・了如が生まれる。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

応仁2年 1468年 -月-日 54歳
蓮如が東北に下向する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

応仁2年 1468年 -月-日 54歳
蓮如が土呂(三河国)にて本宗寺を創建する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

応仁2年 1468年 -月-日 54歳
子・蓮悟が生まれる。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明1年 1469年 4月28日 55歳
「応仁」より「文明」に年号が改まる。
出典:-

文明1年 1469年 -月-日 55歳
蓮如が浜名道覚の請いにより堅田(近江国)より大津(近江国)に移り、南別所に親鸞像を安置する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明1年 1469年 -月-日 55歳
子・祐心が生まれる。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明2年 1470年 -月-日 56歳
蓮如が久宝寺に赴く。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明2年 1470年 -月-日 56歳
妻・蓮祐が死去する。
出典:-

文明3年 1471年 2月1日 57歳
子・妙意が死去する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明3年 1471年 4月-日 57歳
蓮如が北陸に下向する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明3年 1471年 7月-日 57歳
蓮如が吉崎(越前国)に御坊を建立する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明4年 1472年 8月1日 58歳
子・了忍が死去する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明4年 1472年 8月14日 58歳
子・見玉が死去する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明6年 1474年 3月28日 60歳
吉崎御坊の蔵より出火し、御坊が焼失する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明7年 1475年 8月-日 61歳
蓮如が吉崎御坊を退出する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明7年 1475年 -月-日 61歳
蓮如が小浜(若狭国)に到着する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明7年 1475年 -月-日 61歳
蓮如が名塩(摂津国)に逗留する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明7年 1475年 -月-日 61歳
蓮如が富田(摂津国)に逗留する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明7年 1475年 -月-日 61歳
蓮如が出口(河内国)に光善寺を創建する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明8年 1476年 1月-日 62歳
蓮如が祖廟を守護する願知の功績を報い木仏を下付するとともに、引き続き祖廟の守護を命じる。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明8年 1476年 3月-日 62歳
蓮如が冷水浦(紀伊国)に赴く。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明8年 1476年 -月-日 62歳
蓮如が飯貝(大和国)に本善寺を創建する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明9年 1477年 -月-日 63歳
子・妙勝が生まれる。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明10年 1478年 1月-日 64歳
海老名氏が蓮如に山科野村にて寺地を寄進する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明11年 1479年 -月-日 65歳
山科本願寺の作事が始まる。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第1「歴世宗主伝第一」

文明12年 1480年 8月-日 66歳
山科本願寺の御影堂が完成する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第1「歴世宗主伝第一」

文明12年 1480年 10月-日 66歳
近松(近江国)に安置していた親鸞像を山科本願寺の御影堂に安置する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明13年 1481年 12月4日 67歳
『慕帰絵詞』が山科本願寺の宝蔵に戻る。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明14年 1482年 6月-日 68歳
山科本願寺の阿弥陀堂が完成する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明14年 1482年 11月-日 68歳
『慕帰絵詞』の欠巻である第1巻、第7巻を補う。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明14年 1482年 -月-日 68歳
仏光寺経豪が蓮如に帰依、蓮経と号す。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明14年 1482年 -月-日 68歳
子・蓮周が生まれる。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明14年 1482年 -月-日 68歳
妹・蓮周が生まれる。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明15年 1483年 1月-日 69歳
山科本願寺の多屋6ヶ寺、7坊が完成する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明15年 1483年 5月29日 69歳
妻・如了が死去する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明15年 1483年 5月-日 69歳
子・順如が死去する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

文明16年 1484年 -月-日 70歳
子・蓮芸が生まれる。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

長享1年 1487年 7月20日 73歳
「文明」より「長享」に年号が改まる。
出典:-

長享1年 1487年 -月-日 73歳
子・妙祐が生まれる。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

長享2年 1488年 6月18日 74歳
蓮如が摂津国嶋上郡富田に法然御影を下付する。
出典:法然御影裏書(東本願寺蔵)(『生誕六〇〇年蓮如』)

長享3年 1489年 6月-日 75歳
加賀の一向衆門徒が加賀国守護・富樫政親を討つ。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

延徳1年 1489年 8月21日 75歳
「長享」より「延徳」に年号が改まる。
出典:-

延徳1年 1489年 -月-日 75歳
蓮如が子・実如に本願寺住持職を譲る。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

延徳2年 1490年 閏8月12日 76歳
子・祐心が死去する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

延徳2年 1490年 -月-日 76歳
実賢が生まれる。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

明応1年 1492年 7月19日 78歳
「延徳」より「明応」に年号が改まる。
出典:-

明応1年 1492年 11月16日 78歳
子・如空が死去する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

明応1年 1492年 -月-日 78歳
子・実悟が生まれる。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

明応2年 1493年 -月-日 79歳
錦織寺勝慧が蓮如に帰依する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

明応3年 1494年 -月-日 80歳
子・実順が生まれる。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

明応4年 1495年 -月-日 81歳
子・実孝が生まれる。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

明応5年 1496年 1月-日 82歳
蓮如が山科の院居所(南殿)を構え、同地に居す。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第1「歴世宗主伝第一」

明応5年 1496年 9月24日 82歳
蓮如が摂津国東成郡生玉荘内の大坂の地に御坊の建立を開始する。
出典:明応6年11月25日付蓮如御文、明応7年11月21日蓮如御文、『拾塵記』

明応5年 1496年 9月29日 82歳
蓮如が28日に大坂御坊建立の鍬初めを予定していたが、日が悪いという理由でこの日に始まる。
出典:『拾塵記』

明応5年 1496年 10月8日 82歳
大坂御坊の草坊がなる。
出典:『拾塵記』

明応5年 1496年 10月-日 82歳
蓮如が上洛し、金宝寺(山城国洛中四条)の仏事にてお勤めをする。
出典:『紫雲殿由縁起』(『真宗全書』本p145)

明応5年 1496年 12月3日 82歳
蓮如が金宝寺(山城国洛中四条)より大坂に向かう。
出典:『紫雲殿由縁起』(『真宗全書』本p145)

明応6年 1497年 -月-日 83歳
子・妙宗が生まれる。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

明応7年 1498年 5月7日 84歳
蓮如が上洛する。
出典:『紫雲殿由縁起』(『真宗全書』本p146)

明応7年 1498年 5月9日 84歳
蓮如が金宝寺(山城国洛中四条)に入る。
出典:『紫雲殿由縁起』(『真宗全書』本p146)

明応7年 1498年 5月10日 84歳
蓮如が体調を崩し、金宝寺(山城国洛中四条)に逗留する。
出典:『紫雲殿由縁起』(『真宗全書』本p146)

明応7年 1498年 5月11日 84歳
蓮如が体調を崩し、金宝寺(山城国洛中四条)に逗留する。
出典:『紫雲殿由縁起』(『真宗全書』本p146)

明応7年 1498年 5月12日 84歳
蓮如が体調を崩し、金宝寺(山城国洛中四条)に逗留する。
出典:『紫雲殿由縁起』(『真宗全書』本p146)

明応7年 1498年 5月13日 84歳
蓮如が体調を崩し、金宝寺(山城国洛中四条)に逗留する。
出典:『紫雲殿由縁起』(『真宗全書』本p146)

明応7年 1498年 5月14日 84歳
蓮如が体調を崩し、金宝寺(山城国洛中四条)に逗留する。
出典:『紫雲殿由縁起』(『真宗全書』本p146)

明応7年 1498年 5月15日 84歳
蓮如が体調を崩し、金宝寺(山城国洛中四条)に逗留する。
出典:『紫雲殿由縁起』(『真宗全書』本p146)

明応7年 1498年 5月16日 84歳
蓮如が体調を崩し、金宝寺(山城国洛中四条)に逗留する。
出典:『紫雲殿由縁起』(『真宗全書』本p146)

明応7年 1498年 5月17日 84歳
蓮如が体調を崩し、金宝寺(山城国洛中四条)に逗留する。
出典:『紫雲殿由縁起』(『真宗全書』本p146)

明応7年 1498年 5月18日 84歳
蓮如が金宝寺(山城国洛中四条)を発ち、山科本願寺に向かう。
出典:『紫雲殿由縁起』(『真宗全書』本p146)

明応7年 1498年 -月-日 84歳
子・実従が生まれる。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

明応8年 1499年 3月25日 85歳
蓮如が死去する。
出典:『大谷本願寺通紀』巻第2「歴世宗主伝第二」

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