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史料にみえる人物の呼称
石高から軍役算出
軍役から石高算出
城 郭 史
佐倉城(下総国)
さくらじょう
築 城 年
-
築 城 者
-
改 築 年
-
改 築 者
-
廃 城 年
-
別 称
-
現 所 在 地
〒285-0017
千葉県佐倉市城内町
史 料 地 名
-
参 考 文 献
-
関 連 デ ー タ
○
佐倉城(下総国)の関連文化財
リ ン ク
松平忠輝
、
土井利勝
、
石川忠総
佐倉城(下総国) 年表
慶長4年 1599年 6月-日
下総国
、
上総国
、
武蔵国
で大風が吹く。
出典:『当代記』巻3同年月条
慶長4年 1599年 7月-日
下総国
、
上総国
、
武蔵国
で大風が吹く。
出典:『当代記』巻3同年月条
元和1年 1615年 11月16日
徳川家康
が千葉(下総国)に到着する。
徳川秀忠
が船橋(下総国)に到着する。
土井利勝
の所領である佐倉(下総国)にて鹿狩りをする。
出典:『駿府記』同年月日条
元和1年 1615年 11月17日
徳川家康
が東金(上総国)に到着する。
徳川秀忠
が佐倉(下総国)に到着する。
出典:『駿府記』同年月日条
寛永10年 1633年 6月7日
徳川家光が
石川忠総
を日田(豊後国)から佐倉(下総国)に移し、10000石を加増して総じて70000石を給付し、
佐倉城
(下総国)城主とする。
出典:『寛政重修諸家譜』巻第118「石川忠総」の項
寛永11年 1634年 閏7月6日
徳川家光が
酒井忠勝
に若狭国一国、越前国敦賀郡、近江高島郡内(7000石余)の113500石を給付し、
小浜城
(若狭国)城主に、
石川忠総
を佐倉(下総国)から膳所(近江国)に移し、
膳所城
(近江国)城主とする。
出典:『寛政重修諸家譜』巻第61「酒井忠勝」の項、同巻第118「石川忠総」の項
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