人 物 史

恒良親王 つねながしんのう
生 没 年正中1年(1324)-延元3年(1338)
在 位-
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後醍醐天皇阿野廉子
兄 弟 姉 妹護良親王、尊良親王、宗良親王、恒良親王成良親王後村上天皇、懐良親王、満良親王
配 偶 者-
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参 考 文 献-
関 連 デ ー タ-
恒良親王 年表
正中1年 1324年 -月-日 1歳
恒良親王が生まれる。
出典:-

正中1年 1324年 12月9日 1歳
「元亨」より「正中」に年号が改まる。
出典:-

嘉暦1年 1326年 4月26日 1歳
「正中」より「嘉暦」に年号が改まる。
出典:-

元徳1年 1329年 8月29日 6歳
「嘉暦」より「元徳」に年号が改まる。
出典:-

元徳3年 1331年 4月24日 8歳
後醍醐天皇が笠置城(山城国)に行幸する。
出典:『関城書裏書』

元弘1年 1331年 8月9日 8歳
「元徳」より「元弘」に年号が改まる。
出典:-

元弘1年 1331年 9月27日 8歳
幕府を倒幕するため挙兵した後醍醐天皇の籠る笠置城(山城国)を攻めるため幕府軍が発向する。
出典:『関城書裏書』

元弘2年 1332年 3月7日 9歳
後醍醐天皇が配所・隠岐国に赴くべく、京都を出立する。千葉五郎左衛門・佐々木備中判官が道中を警固する。
出典:『関城書裏書』

正慶1年 1332年 4月28日 9歳
「元弘」より「正慶」に年号が改まる。
出典:『桜雲記』巻之上

正慶2年 1333年 閏2月24日 10歳
後醍醐天皇が配流地の隠岐国を脱出し、伯耆国稲津浦に移る。
出典:『関城書裏書』、『桜雲記』巻之上

正慶2年 1333年 閏2月26日 10歳
後醍醐天皇が片見(伯耆国)に移る。後醍醐天皇に供奉していた成田が名和長高の館に赴き、長高に後醍醐天皇に味方するようつたえる詔勅を渡す。長高は詔勅に応じ、後醍醐天皇を船上山まで警固し、船上山にて挙兵する。
出典:『関城書裏書』、『桜雲記』巻之上

元弘3年 1333年 6月7日 10歳
後醍醐天皇が大内裏に還幸する。元号を正慶から元弘に戻す。
出典:『関城書裏書』

元弘4年 1334年 1月23日 11歳
皇太子となる。
出典:『関城書裏書』

延元1年 1336年 2月29日 13歳
「建武」より「延元」に年号を改める。
出典:『桜雲記』巻之上、『大乗院日記目録』同年月条

延元1年 1336年 10月10日 13歳
後醍醐天皇延暦寺より京都に還幸する。帝位を恒良親王に譲位する。
出典:『大乗院日記目録』同年月日条

- -年 -月-日 15歳
恒良親王が死去する。
出典:-

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