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事項 |
出典 |
天文21年 | 1552 | 11 | - | 足利義藤が霊山(山城国)に城を構える。 | 『厳助大僧正記』同年月日条 |
天文21年 | 1552 | 11 | 17 | 足利義藤が霊山城(山城国)にて山科言継の挨拶をうける。 | 『言継卿記』同年月日条 |
天文21年 | 1552 | 11 | 28 | 辰刻(7-9時)頃、細川晴元が足利義藤の籠る霊山城(山城国)を攻撃すべく五条坂(山城国)を放火する。清水坂(山城国)にて足利勢と細川勢が戦う。 | 『言継卿記』同年月日条 |
天文21年 | 1552 | 12 | 1 | 三好長慶が細川晴元の攻撃をうけていた足利義藤のもとに駆け付ける。 細川晴元が長慶の上洛にともない丹波国に逃亡する。 | 『言継卿記』同年月日条 |
天文22年 | 1553 | 2 | 23 | 中御門、山科言継、勧修寺晴秀が足利義藤の籠る霊山城(山城国)に赴く。一行は義藤と面会する。 | 『言継卿記』同年月日条 |
天文22年 | 1553 | 3 | 8 | 足利義藤と三好長慶の関係が決裂する。義藤が霊山城(山城国)に入城する。 | 『言継卿記』同年月日条 |
天文22年 | 1553 | 8 | 1 | 三好長慶が芥川山城(摂津国)への押さえの軍勢を残し、河内国・和泉国・大和国・摂津国・紀伊国の軍勢を25000を率い上洛する。長慶の上洛にあわせ、安見宗房が上洛する。 足利勢が籠る霊山城(山城国)に今村慶満を遣わし攻める。今村勢は、一族の今村源七郎ら死傷者を出すが、城を守る松田監物を自害に追い込み城を落とす。また、長慶は船岡山(山城国)に陣取っていた足利義藤に十河一存率いる河内国・紀伊国の諸勢10000を遣わし攻撃を加え、多くを捕らえる。義藤は北山(山城国)に逃れる。細川晴元は一戦に及ばず撤退する。 | 『言継卿記』同年月日条、『足利季世記』巻5「大樹都落之事」 |