地 名 の 歴 史

丹波国[国] たんばのくに
初 見-
丹波国
桑田郡、船井郡、何鹿郡、多紀郡、氷上郡、天田郡
荘 園-
中 世 高-
近 世 領 主-
近 世 石 高-
鎮 守-
神 社-
寺 院-
城 郭丹波国の城郭
参 考 文 献-
関 連 デ ー タ-
丹波国[国] 年表
正慶2年 1333年 4月27日 
足利高氏が船上山(伯耆国)で挙兵した後醍醐天皇を討つため京都を発つ。篠村(丹波国)に陣を張る。これより幕府を裏切り後醍醐天皇方となる。
出典:『梅松論』、『関城書裏書』

天正3年 1575年 9月2日 
織田信長が北庄(越前国)に移る。築城するため縄張りを打つ。
越前国内の内8郡を柴田勝家に給付する。大野郡の2/3を金森長近に、1/3を原長頼に給付する。今立郡・南条郡を佐々成政前田利家不破光治に給付する。
明智光秀に丹波国攻めを命じる。丹後国を一色氏に給付する。丹波国桑田郡・船井郡を細川藤孝に給付する。荒木村重に播磨国奥郡攻めを命じる。
出典:『信長公記』巻8(7)「越前御進発、賀越両国仰付けらるゝの事」

天正6年 1578年 4月10日 
織田信長明智光秀滝川一益に荒木氏綱の籠る荒木城(丹波国)攻めを命じる。
出典:『当代記』巻2同年月日条

慶長5年 1600年 11月18日 
細川忠興により小野木重次が自害する。
出典:-

慶長7年 1602年 5月7日 
巳刻(9-11時)、前田玄以が死去する。
出典:『義演准后日記』同年月8日条

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