人 物 史

六角氏頼 ろっかく うじより
生 没 年嘉暦1年(1326)12/2-応安3年・正平25年(1370)6/7
出 身-幼 名-
別 称三郎
法 名崇永
戒 名慈恩寺殿雪江崇永
六角時信長井時千の娘
兄 弟 姉 妹六角氏頼、六角直綱、山内信詮、六角光綱
配 偶 者佐々木道誉の娘
六角義信、六角満高
官 位左衛門尉、近江守
役 職室町幕府 禅律方、引付頭人
近江国守護
城 郭-
参 考 文 献-
関 連 デ ー タ六角氏頼の関連文化財
六角氏頼 年表
嘉暦1年 1326年 12月2日 1歳
六角氏頼が生まれる。
出典:-

元徳1年 1329年 8月29日 4歳
「嘉暦」より「元徳」に年号が改まる。
出典:-

元弘1年 1331年 8月9日 6歳
「元徳」より「元弘」に年号が改まる。
出典:-

正慶1年 1332年 4月28日 7歳
「元弘」より「正慶」に年号が改まる。
出典:『桜雲記』巻之上

延元1年 1336年 2月29日 11歳
「建武」より「延元」に年号を改める。
出典:『桜雲記』巻之上、『大乗院日記目録』同年月条

建武5年 1338年 2月6日 13歳
黒地川にて高師泰・細川頼春と北畠顕家が戦う。
出典:『桜雲記』巻之中

建武5年 1338年 2月14日 13歳
雲津川・墨俣川口にて高師泰・細川頼春と北畠顕家が戦い、顕家が勝利する。
出典:『桜雲記』巻之中

延元3年 1338年 閏7月2日 13歳
藤島(越前国)にて新田義貞斯波高経の軍勢に遭遇し戦死する。
出典:『桜雲記』巻之中

暦応2年・延元4年 1339年 8月16日 14歳
後醍醐天皇が崩御する。
出典:『大乗院日記目録』同年月日条

観応1年 1350年 12月9日 25歳
足利直義が南朝に降伏する。
出典:『大乗院日記目録』同年月日条

観応2年・正平6年 1351年 2月26日 26歳
武庫川(摂津国)にて上杉能憲等が高師直、高師泰、高師世を殺害する。
出典:-

観応2年・正平6年 1351年 12月15日 26歳
薩唾山の合戦で足利尊氏足利直義が戦い尊氏が勝利する。直義は尊氏に降伏する。
出典:『大乗院日記目録』同年月日条

観応3年・正平7年 1352年 2月26日 27歳
足利直義が死去する。毒殺が噂される。
出典:『大乗院日記目録』同年月日条

延文3年・正平13年 1358年 4月29日 33歳
足利尊氏が死去する。
出典:『大乗院日記目録』同年月日条

貞治6年・正平22年 1367年 11月25日 42歳
足利義詮が政務を子・義満に譲り、細川頼之を管領とする。
出典:『愚管記』同年月26日条

貞治6年・正平22年 1367年 12月7日 42歳
足利義詮が死去する。
出典:-

正平23年 1368年 3月11日 43歳
後村上天皇が崩御する。
出典:-

応安3年・正平25年 1370年 6月7日 45歳
六角氏頼が死去する。
出典:-

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