康正3年 1457年 6月18日 |
存如が死去する。 |
出典:『大谷本願寺通紀』巻第1「歴世宗主伝第一」 |
康正3年 1457年 7月7日 |
長谷寺より尋尊に索餅・小樽1が送られる。 |
出典:『大乗院寺社雑事記』同年月日条 |
康正3年 1457年 7月19日 |
長谷寺より尋尊に例年の通り瓜10合が送られる。 |
出典:『大乗院寺社雑事記』同年月日条 |
康正3年 1457年 8月1日 |
八朔として長谷寺より尋尊に索餅1・酒1筒5升が送られる。 |
出典:『大乗院寺社雑事記』同年月日条 |
康正3年 1457年 8月23日 |
尋尊が長谷寺奉行および河口荘奉行に清賢を補任する。 |
出典:『大乗院寺社雑事記』同年月日条 |
康正3年 1457年 8月23日 |
清賢が長谷寺奉行および河口荘奉行の補任を請ける。 |
出典:『大乗院寺社雑事記』同年月日条 |
長禄1年 1457年 9月28日 |
「康正」より「長禄」に年号が改まる。 |
出典:- |
長禄1年 1457年 10月18日 |
長谷寺で八講が行われる。 |
出典:『大乗院寺社雑事記』同年月日条 |
長禄1年 1457年 12月5日 |
藤井国長を長谷寺大工職に、門跡大工・小法太郎を欠員が出た場合の長谷寺大工職に補任する。 |
出典:『大乗院寺社雑事記』同年月日条 |
長禄1年 1457年 12月24日 |
長谷寺より尋尊に恒例の炭8荷の内5荷が送られる。 |
出典:『大乗院寺社雑事記』同年月日条 |
長禄1年 1457年 12月28日 |
長谷寺より尋尊に炭2荷が送られる。 |
出典:『大乗院寺社雑事記』同年月日条 |
長禄2年 1458年 -月-日 |
三好之長が生まれる |
出典:- |
長禄2年 1458年 2月13日 |
巳刻(9-11時)、鞍馬寺別当坊より出火し堂舎16宇、塔婆が炎上する。 |
出典:『師郷記』同年月日条 |
長禄2年 1458年 2月14日 |
尋尊が長谷寺に参詣し、長楽寺に宿す。 |
出典:『大乗院寺社雑事記』同年月日条 |
長禄2年 1458年 2月19日 |
清凉寺の釈迦堂、阿弥陀堂が炎上する。 |
出典:『師郷記』同年月日条 |
長禄2年 1458年 閏3月-日 |
蓮如が近江国栗田郡山田村の善可に方便法身尊像を下付する。 |
出典:方便法身尊像裏書(滋賀県立安土城考古博物館編『信長と宗教勢力-保護・弾圧そして支配へ-』) |
長禄2年 1458年 5月12日 |
長谷寺の橋本坊が炎上する。その際、焼失した橋本坊より瓶子屋が雑物を取り隠し置く。 |
出典:『大乗院寺社雑事記』同年月日条 |
長禄2年 1458年 6月18日 |
長谷寺で蓮華会が行われる。 |
出典:『大乗院寺社雑事記』同年月日条 |
長禄2年 1458年 8月晦日 |
小寺藤兵衛の南朝残党討伐の際の玉璽奪還の功により、赤松法師丸が加賀国半国守護(石川・加賀両郡)に補任される。 |
出典:『赤松記』 |
長禄2年 1458年 10月21日 |
尋尊が長谷寺の一向宗について坊主は召し取り、一向宗の者は家の中にいようが悉く捕縛するようにと執行に命じる。 |
出典:『大乗院寺社雑事記』同年月日条 |
長禄2年 1458年 11月20日 |
尼子経久が生まれる。 |
出典:- |
長禄3年 1459年 -月-日 |
細川元有が生まれる。 『寛政重修諸家譜』巻第105「清和源氏 義家流 足利庶流 細川」「細川元有」の項の没年、享年の記載より逆算。 |
出典:『寛政重修諸家譜』巻第105「清和源氏 義家流 足利庶流 細川」「細川元有」の項 |
長禄3年 1459年 -月-日 |
松平守親が生まれる。 *『寛政重修諸家譜』巻第21「松平守親」の項の没年・享年記載より逆算。 |
出典:『寛政重修諸家譜』巻第21「松平守親」の項 |
長禄3年 1459年 2月3日 |
長谷寺観音堂修理につき、銅細工ことについて、職人の手配を長谷寺より尋尊に依頼する。これに対し尋尊は、以前は大乗院座中の新次郎入道が銅細工にあたっていたが、新次郎入道死後は新次郎入道の子息が座中に入っていないため、座中のものから出すと返事する。 |
出典:『大乗院寺社雑事記』同年月日条 |
長禄3年 1459年 2月6日 |
長谷寺で修正会が行われる。銅細工の職人のことについて、長谷寺は新次郎を用いたいと申し出るが、尋尊は新次郎が大乗院座中の者ではないとしてその申し出を退け、座中の者を採用すべき旨を伝える。 |
出典:『大乗院寺社雑事記』同年月日条 |
長禄3年 1459年 2月16日 |
昨年、喧嘩により罪科に処せられた長谷寺大門坊延照を尋尊が赦免する。 |
出典:『大乗院寺社雑事記』同年月日条 |
長禄3年 1459年 3月2日 |
2/16に赦免された長谷寺大門坊延照が尋尊に礼物100疋を進上する。 |
出典:『大乗院寺社雑事記』同年月日条 |
長禄3年 1459年 6月15日 |
長谷寺開帳を許可する綸旨が発給される。 |
出典:『大乗院寺社雑事記』同年8月16日条 |
長禄3年 1459年 8月12日 |
幕府より長谷寺へ甲乙人乱入を禁止する制札が発給される。 |
出典:『大乗院寺社雑事記』同年月日条・8月16日条 |
長禄3年 1459年 8月15日 |
尋尊が長谷寺奉加帳に花押を捺す。また将軍および諸大名も長谷寺奉加帳に花押を捺す。 |
出典:『大乗院寺社雑事記』同年月日条・8月16日条 |