人 物 史

護良親王 もりながしんのう
生 没 年延慶1年(1308)-建武2年(1335)7/23
在 位-
大塔宮
後醍醐天皇源師親の娘
兄 弟 姉 妹護良親王、尊良親王、宗良親王、恒良親王成良親王後村上天皇、懐良親王、満良親王
配 偶 者北畠親房の娘
興良親王
参 考 文 献-
関 連 デ ー タ護良親王の関連文化財
護良親王 年表
延慶1年 1308年 -月-日 1歳
護良親王が生まれる。
出典:-

延慶1年 1308年 10月9日 1歳
「徳治」より「延慶」に年号が改まる。
出典:-

応長1年 1311年 4月28日 4歳
「延慶」より「応長」に年号が改まる。
出典:-

正和1年 1312年 3月20日 5歳
「応長」より「正和」に年号が改まる。
出典:-

文保1年 1317年 2月3日 10歳
「正和」より「文保」に年号が改まる。
出典:-

元応1年 1319年 4月28日 12歳
「文保」より「元応」に年号が改まる。
出典:-

元亨1年 1321年 2月23日 14歳
「元応」より「元亨」に年号が改まる。
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正中1年 1324年 12月9日 17歳
「元亨」より「正中」に年号が改まる。
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嘉暦1年 1326年 4月26日 17歳
「正中」より「嘉暦」に年号が改まる。
出典:-

嘉暦3年 1328年 12月-日 21歳
尊雲が天台座主となる。
出典:『桜雲記』巻之上

元徳1年 1329年 8月29日 22歳
「嘉暦」より「元徳」に年号が改まる。
出典:-

元徳3年 1331年 4月24日 24歳
後醍醐天皇が笠置城(山城国)に行幸する。
出典:『関城書裏書』

元弘1年 1331年 8月9日 24歳
「元徳」より「元弘」に年号が改まる。
出典:-

元弘1年 1331年 9月27日 24歳
幕府を倒幕するため挙兵した後醍醐天皇の籠る笠置城(山城国)を攻めるため幕府軍が発向する。
出典:『関城書裏書』

元弘2年 1332年 3月7日 25歳
後醍醐天皇が配所・隠岐国に赴くべく、京都を出立する。千葉五郎左衛門・佐々木備中判官が道中を警固する。
出典:『関城書裏書』

正慶1年 1332年 4月28日 25歳
「元弘」より「正慶」に年号が改まる。
出典:『桜雲記』巻之上

元弘2年 1332年 4月-日 25歳
楠木正成下赤坂城(河内国)を攻め、同城を落とす。
出典:『桜雲記』巻之上

正慶1年 1332年 5月-日 25歳
楠木正成天王寺に陣取る。正成討伐のため六波羅より出陣した須田・高橋と正成が戦い、正成が勝利する。
出典:『桜雲記』巻之上

正慶1年 1332年 7月-日 25歳
楠木正成と宇都宮公綱が戦う。
出典:『桜雲記』巻之上

正慶1年 1332年 8月-日 25歳
赤松円心が苔縄城(播磨国)にて後醍醐天皇に味方するとして挙兵する。
出典:『桜雲記』巻之上

正慶1年 1332年 9月-日 25歳
護良親王楠木正成等を討伐するための北条貞直・北条時治・二階堂道薀率いる幕府軍が上洛する。
出典:『桜雲記』巻之上

正慶2年 1333年 2月-日 26歳
幕府軍が赤坂城(河内国)を攻め落とす。
出典:『桜雲記』巻之上

正慶2年 1333年 2月-日 26歳
幕府軍が護良親王の拠る吉野城(大和国)を攻め落とす。
出典:『桜雲記』巻之上

正慶2年 1333年 閏2月24日 26歳
後醍醐天皇が配流地の隠岐国を脱出し、伯耆国稲津浦に移る。
出典:『関城書裏書』、『桜雲記』巻之上

正慶2年 1333年 閏2月26日 26歳
後醍醐天皇が片見(伯耆国)に移る。後醍醐天皇に供奉していた成田が名和長高の館に赴き、長高に後醍醐天皇に味方するようつたえる詔勅を渡す。長高は詔勅に応じ、後醍醐天皇を船上山まで警固し、船上山にて挙兵する。
出典:『関城書裏書』、『桜雲記』巻之上

正慶2年 1333年 3月12日 26歳
赤松則村が鳥羽・竹田(山城国)より六波羅探題に攻め入る。
出典:『梅松論』

正慶2年 1333年 4月27日 26歳
足利高氏が篠村(丹波国)にて幕府方から後醍醐天皇方に寝返る。
出典:『梅松論』、『関城書裏書』

正慶2年 1333年 5月7日 26歳
護良親王、千草忠顕、赤松円心、良忠が六波羅探題館を攻める。北条仲時・北条時益は関東に逃れるべく光厳天皇・後伏見上皇・花園上皇とともに京都を脱す。
出典:『桜雲記』巻之上

正慶2年 1333年 5月22日 26歳
新田義貞が幕府の拠点である鎌倉(相模国)を制圧する。北条高時北条基時が自害する。
出典:『関城書裏書』

正慶2年 1333年 5月-日 26歳
護良親王が征夷大将軍となる。
出典:『桜雲記』巻之上

元弘3年 1333年 6月7日 26歳
後醍醐天皇が大内裏に還幸する。元号を正慶から元弘に戻す。
出典:『関城書裏書』

建武1年 1334年 11月5日 27歳
後醍醐天皇護良親王を謀叛の罪で捕え鎌倉(相模国)に配流する。
出典:『関城書裏書』

建武2年 1335年 7月23日 28歳
護良親王が鎌倉(相模国)の牢獄にて淵辺義博に討たれる。
出典:『桜雲記』巻之上

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