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軍役から石高算出
城 郭 史
大河内城(伊勢国)
おかわちじょう
築 城 年
-
築 城 者
-
改 築 年
-
改 築 者
-
廃 城 年
-
別 称
-
現 所 在 地
〒515-1105
三重県松阪市大河内町
史 料 地 名
-
参 考 文 献
-
関 連 デ ー タ
-
リ ン ク
北畠具教
、
北畠具房
、
織田信雄
大河内城(伊勢国) 年表
永禄12年 1569年 8月20日
織田信長
が伊勢国に侵攻するため軍勢80000をもって
岐阜城
(美濃国)を出陣する。
桑名
(伊勢国)に宿す。
出典:『多聞院日記』同年9月7日条、『信長公記』巻2(6)「阿坂の城退散の事」、『当代記』巻1同年月日条
永禄12年 1569年 8月28日
織田信長
が
北畠具教
の
大河内城
(伊勢国)を包囲する。城の南に
織田信包
、
滝川一益
、織田忠寛、
稲葉良通
、
池田恒興
、和田新介、中島豊後、進藤賢盛、後藤高治、
蒲生賢秀
、永原筑前、永田景弘、青地茂綱、
山岡景隆
、
山岡景猶
、
丹羽長秀
が、城の西に
木下秀吉
、
氏家直元
、
安藤守就
、飯沼長資、
佐久間信盛
、市橋長利、塚本小大膳が、城の東に
柴田勝家
、
森可成
、山田勝盛、
長谷川与次
、
佐々成政
、佐々政次、梶原景久、
不破光治
、
丸毛長照
、丹羽源六、
不破直光
、丸毛兼利が布陣する。尺限廻番衆を
前田利家
がつとめる。
出典:『信長公記』巻2(7)「大河内国司退城の事」
永禄12年 1569年 9月8日
織田信長
が
稲葉良通
、
丹羽長秀
、
池田恒興
に
大河内城
(伊勢国)の夜襲を命じられる。良通等は西搦手を夜攻めする。
出典:『信長公記』巻2(7)「大河内国司退城の事」
永禄12年 1569年 10月3日
織田信長
が
北畠具教
の
大河内城
(伊勢国)を落とす。
出典:『多聞院日記』同年月5日条
永禄12年 1569年 10月4日
織田忠寛、
滝川一益
が
大河内城
(伊勢国)を受け取る。
出典:『信長公記』巻2(7)「大河内国司退城の事」
永禄12年 1569年 10月8日
織田信長
が
大河内城
(伊勢国)に子・
茶筅
を入れ、津田掃部を添え置く。
安濃津城
(伊勢国)・渋見城(伊勢国)・小造城(伊勢国)に
滝川一益
を入れ置く。伊勢国上野城に
織田信包
を入れ置く。伊勢国攻めの諸部隊を解散する。
出典:『信長公記』巻2「伊勢御参空の事」
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