人 物 史

島津貞久 しまづ さだひさ
生 没 年文永6年(1269)4/8-貞治2年(1363)7/3
出 身-幼 名-
別 称三郎左衛門尉
法 名道鑑
戒 名-
島津忠宗三池道智の娘
兄 弟 姉 妹島津貞久、和泉忠氏、佐多忠光、新納時久、樺山資久、北郷資忠、石坂久泰、娘、娘(島津宗久の妻)
配 偶 者大友親時の娘
川上頼久、島津宗久島津師久島津氏久、島津光久、島津氏忠、娘、娘、娘
官 位上総介
役 職薩摩国守護、大隅国守護、日向国守護
城 郭-
参 考 文 献○『寛政重修家譜』巻第108「清和源氏 為義流 島津」「島津貞久」
関 連 デ ー タ-
島津貞久 年表
和暦 西暦 年齢 事項 出典
文永6年1269481島津貞久が生まれる。
『寛政重修諸家譜』巻第108「清和源氏 為義流 島津」「島津貞久」の項の没年・享年記載より逆算。
『寛政重修諸家譜』巻第108「島津貞久」の項
文永9年12724104曽祖父・忠時が死去する。『寛政重修諸家譜』巻第108「島津忠時」の項
建治1年12754257「文永」より「建治」に年号が改まる。-
弘安1年127822910「建治」より「弘安」に年号が改まる。-
文永7年1284閏42116祖父・久経が筥崎(筑前国)にて死去する。『寛政重修諸家譜』巻第108「島津久経」の項
正応1年128842820「弘安」より「正応」に年号が改まる。-
永仁1年12938525「正応」より「永仁」に年号が改まる。-
正安1年129942531「永仁」より「正安」に年号が改まる。-
乾元1年1302112134「正安」より「乾元」に年号が改まる。-
嘉元1年13038535「乾元」より「嘉元」に年号が改まる。-
徳治1年1306121438「嘉元」より「徳治」に年号が改まる。-
延慶1年130810940「徳治」より「延慶」に年号が改まる。-
応長1年131142843「延慶」より「応長」に年号が改まる。-
正和1年131232044「応長」より「正和」に年号が改まる。-
文保1年13172349「正和」より「文保」に年号が改まる。-
文保2年131831550島津忠宗が家督を子・貞久に譲る。『寛政重修諸家譜』巻第108「島津忠宗」・「島津貞久」の項
元応1年131942851「文保」より「元応」に年号が改まる。-
元亨1年132122353「元応」より「元亨」に年号が改まる。-
元亨2年1322--54子・宗久が木牟礼城(薩摩国)にて生まれる。『寛政重修諸家譜』巻第108「島津宗久」の項
正中1年132412956「元亨」より「正中」に年号が改まる。-
嘉暦1年132642656「正中」より「嘉暦」に年号が改まる。-
正中2年132581657子・師久が木牟礼城(薩摩国)にて生まれる。『寛政重修諸家譜』巻第108「島津師久」の項
正中2年1325111257父・忠宗が薩摩国にて死去する。『寛政重修諸家譜』巻第108「島津忠宗」の項
嘉暦3年1328--60子・氏久が木牟礼城(薩摩国)にて生まれる。『寛政重修諸家譜』巻第108「島津氏久」の項
元徳1年132982961「嘉暦」より「元徳」に年号が改まる。-
元徳3年133142463後醍醐天皇が笠置城(山城国)に行幸する。『関城書裏書』
元弘1年13318963「元徳」より「元弘」に年号が改まる。-
正慶1年133242864「元弘」より「正慶」に年号が改まる。『桜雲記』巻之上
正慶2年1333閏22665後醍醐天皇が片見(伯耆国)に移る。後醍醐天皇に供奉していた成田が名和長高の館に赴き、長高に後醍醐天皇に味方するようつたえる詔勅を渡す。長高は詔勅に応じ、後醍醐天皇を船上山まで警固し、船上山にて挙兵する。『関城書裏書』、『桜雲記』巻之上
正慶2年133342765足利高氏が篠村(丹波国)にて幕府方から後醍醐天皇方に寝返る。『梅松論』、『関城書裏書』
正慶2年13335765護良親王、千草忠顕、赤松円心、良忠が六波羅探題館を攻める。北条仲時・北条時益は関東に逃れるべく光厳天皇・後伏見上皇・花園上皇とともに京都を脱す。『桜雲記』巻之上
正慶2年133352265新田義貞が幕府の拠点である鎌倉(相模国)を制圧する。北条高時北条基時が自害する。『関城書裏書』
元弘3年13336765後醍醐天皇が大内裏に還幸する。元号を正慶から元弘に戻す。『関城書裏書』
建武2年1335121367箱根・竹ノ下の合戦で足利尊氏と尊良親王・新田義貞が戦い、尊氏が勝利する。『関城書裏書』、『桜雲記』巻之上
建武3年133613068後醍醐天皇が京都に還幸する。『大乗院日記目録』同年月日条
建武3年133621368桜山にて足利尊氏足利直義兄弟と新田義貞北畠顕家楠木正成が戦い、新田勢が勝利する。尊氏・直義は九州に逃れる。『桜雲記』巻之上
延元1年133622968「建武」より「延元」に年号を改める。『桜雲記』巻之上、『大乗院日記目録』同年月条
延元1年133652568湊川(摂津国)にて足利尊氏新田義貞が戦い、尊氏が勝利する。楠木正成が戦死する。-
延元1年1336101068後醍醐天皇延暦寺より京都に還幸する。帝位を恒良親王に譲位する。『大乗院日記目録』同年月日条
延元1年1336122068後醍醐天皇が京都を潜に抜け出し吉野(大和国)に行幸する。『大乗院日記目録』同年月日条
暦応2年・延元4年133981671後醍醐天皇が崩御する。『大乗院日記目録』同年月日条
暦応3年・興国1年13401472阿蘇山が噴火する。上宮奇瑞覚書(「阿蘇学頭坊文書」)
暦応3年・興国1年134042472子・宗久が死去する。『寛政重修諸家譜』巻第108「島津宗久」の項
観応1年135012982足利直義が南朝に降伏する。『大乗院日記目録』同年月日条
観応2年・正平6年135173083足利直義が京を抜け北陸に落ちる。『大乗院日記目録』同年月日条
観応2年・正平6年135110883足利直義が鎌倉(相模国)に着く。『大乗院日記目録』同年月日条
観応2年・正平6年1351121583薩唾山の合戦で足利尊氏足利直義が戦い尊氏が勝利する。直義は尊氏に降伏する。『大乗院日記目録』同年月日条
観応3年・正平7年135222684足利直義が死去する。毒殺が噂される。『大乗院日記目録』同年月日条
延文3年・正平13年135842990足利尊氏が死去する。『大乗院日記目録』同年月日条
貞治2年・正平18年136352095孫・元久が大姶良(大隅国)にて生まれる。『寛政重修諸家譜』巻第108「島津元久」の項
貞治2年・正平18年13637395島津貞久が薩摩国にて死去する。『寛政重修諸家譜』巻第108「島津貞久」の項
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