人 物 史

島津氏久 しまづ うじひさ
生 没 年嘉暦3年(1328)-至徳4年・元中4年(1387)閏5/4
出 身薩摩国出水郡木牟礼幼 名-
別 称又三郎、三郎左衛門尉
法 名玄久
戒 名齢岳玄久
島津貞久大友親時の娘
兄 弟 姉 妹川上頼久、島津宗久島津師久島津氏久、島津光久、島津氏忠、女、女、女
配 偶 者伊集院忠国の娘、佐多忠光の娘
島津元久島津久豊、娘(伊集院頼久の妻)
官 位修理亮、陸奥守、越後守
役 職大隅守護
城 郭東福寺城(薩摩国)、大姶良城(大隅国)、内城(日向国)
参 考 文 献○『寛政重修家譜』巻第108「清和源氏 為義流 島津」「島津氏久」
関 連 デ ー タ-
島津氏久 年表
和暦 西暦 年齢 事項 出典
嘉暦3年1328--1島津氏久が木牟礼城(薩摩国)にて生まれる。『寛政重修諸家譜』巻第108「島津氏久」の項
元徳1年13298292「嘉暦」より「元徳」に年号が改まる。-
元弘1年1331894「元徳」より「元弘」に年号が改まる。-
正慶1年13324285「元弘」より「正慶」に年号が改まる。『桜雲記』巻之上
正慶2年13335226新田義貞が幕府の拠点である鎌倉(相模国)を制圧する。北条高時北条基時が自害する。『関城書裏書』
元弘3年1333676後醍醐天皇が大内裏に還幸する。元号を正慶から元弘に戻す。『関城書裏書』
建武2年133512138箱根・竹ノ下の合戦で足利尊氏と尊良親王・新田義貞が戦い、尊氏が勝利する。『関城書裏書』、『桜雲記』巻之上
建武3年13361309後醍醐天皇が京都に還幸する。『大乗院日記目録』同年月日条
建武3年13362139桜山にて足利尊氏足利直義兄弟と新田義貞北畠顕家楠木正成が戦い、新田勢が勝利する。尊氏・直義は九州に逃れる。『桜雲記』巻之上
延元1年13362299「建武」より「延元」に年号を改める。『桜雲記』巻之上、『大乗院日記目録』同年月条
延元1年13365259湊川(摂津国)にて足利尊氏新田義貞が戦い、尊氏が勝利する。楠木正成が戦死する。-
延元1年133610109後醍醐天皇延暦寺より京都に還幸する。帝位を恒良親王に譲位する。『大乗院日記目録』同年月日条
延元1年133612209後醍醐天皇が京都を潜に抜け出し吉野(大和国)に行幸する。『大乗院日記目録』同年月日条
暦応2年・延元4年133981612後醍醐天皇が崩御する。『大乗院日記目録』同年月日条
暦応3年・興国1年13401413阿蘇山が噴火する。上宮奇瑞覚書(「阿蘇学頭坊文書」)
暦応3年・興国1年134042413兄・宗久が死去する。『寛政重修諸家譜』巻第108「島津宗久」の項
観応1年135012923足利直義が南朝に降伏する。『大乗院日記目録』同年月日条
観応2年・正平6年1351121524薩唾山の合戦で足利尊氏足利直義が戦い尊氏が勝利する。直義は尊氏に降伏する。『大乗院日記目録』同年月日条
観応3年・正平7年135222625足利直義が死去する。毒殺が噂される。『大乗院日記目録』同年月日条
延文3年・正平13年135842931足利尊氏が死去する。『大乗院日記目録』同年月日条
貞治2年・正平18年136352036子・元久が大姶良(大隅国)にて生まれる。『寛政重修諸家譜』巻第108「島津元久」の項
貞治6年・正平22年1367112540足利義詮が政務を子・義満に譲り、細川頼之を管領とする。『愚管記』同年月26日条
応安3年・建徳1年137072443「正平」より「建徳」に南朝の年号が改まる。-
永和1年・天授1年1375--48子・久豊が東福寺城(薩摩国)にて生まれる。『寛政重修諸家譜』巻第108「島津久豊」の項
康暦1年137932252「永和」より「康暦」に北朝の年号が改まる。-
至徳4年・元中4年1387閏5460島津氏久が薩摩国にて死去する。『寛政重修諸家譜』巻第108「島津氏久」の項
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