正保1年 1644年 -月-日 |
菅伊友之助が元服し、名を市郎兵衛と改める。 |
出典:『菅氏世譜』 |
正保2年 1645年 1月18日 |
奥山正之が死去する。 |
出典:- |
正保2年 1645年 3月29日 |
島崎忠祐が死去する。 |
出典:- |
正保2年 1645年 4月30日 |
竹腰正信が死去する。 |
出典:- |
正保2年 1645年 5月26日 |
板倉重宗が右近衛権少将となる。 |
出典:『寛政重修諸家譜』巻第81「板倉重宗」の項 |
正保2年 1645年 6月10日 |
板倉重宗が従四位上に叙位。 |
出典:『寛政重修諸家譜』巻第81「板倉重宗」の項 |
正保2年 1645年 6月22日 |
加藤重正が死去する。 |
出典:『寛政重修諸家譜』巻第776「加藤重正」の項 |
正保2年 1645年 7月14日 |
小笠原忠知が杵築(豊後国)より吉田(三河国)に移封となる。 |
出典:『寛政重修諸家譜』巻第188「清和源氏 義光流 小笠原」「小笠原忠真」、同巻第189「清和源氏 義光流 小笠原」「小笠原長次」の項、同巻第190「清和源氏 義光流 小笠原」「小笠原忠知」 |
正保2年 1645年 7月22日 |
黒田忠之が菅正俊に300石を給付する。 |
出典:『菅氏世譜』 |
正保2年 1645年 9月3日 |
平賀元相が死去する。 |
出典:- |
正保2年 1645年 9月4日 |
渥美友重が高田(越後国)にて死去する。 |
出典:『寛政重修諸家譜』巻第961「渥美友重」の項 |
正保2年 1645年 9月7日 |
山中元吉が死去する。 |
出典:『寛政重修諸家譜』巻583「山中元吉」の項 |
正保2年 1645年 12月2日 |
細川忠興が八代(肥後国)にて死去する。 |
出典:『寛政重修諸家譜』巻第105「清和源氏 義家流 足利庶流 細川」「細川忠興」の項 |
正保3年 1646年 1月8日 |
徳川綱吉が武蔵国江戸城にて生まれる。 |
出典:- |
正保3年 1646年 1月21日 |
横山長知が死去する。 |
出典:- |
正保3年 1646年 4月3日 |
父・大河内久綱が死去する。 |
出典:『寛政重修諸家譜』巻第256「松平信綱」の項 |
正保3年 1646年 5月11日 |
丹羽氏信が死去する。 |
出典:- |
正保3年 1646年 5月24日 |
下曽根信由が日光東照宮の石垣普請奉行となる。 |
出典:『寛政重修諸家譜』巻第149「下曽根信由」の項 |
正保3年 1646年 6月11日 |
柳沢元吉が死去する。 |
出典:『寛政重修諸家譜』巻第965「柳沢元吉」の項 |
正保3年 1646年 8月1日 |
細川忠隆が死去する。 |
出典:『寛政重修諸家譜』巻第105「清和源氏 義家流 足利庶流 細川」「細川忠隆」の項 |
正保4年 1647年 2月6日 |
小堀政一が死去する。 |
出典:- |
正保4年 1647年 3月28日 |
能勢頼之が米沢(出羽国)に赴き、目付代をつとめる。 |
出典:『寛政重修諸家譜』巻第274「能勢頼之」の項 |
正保4年 1647年 5月4日 |
斎藤利宗が死去する。 |
出典:- |
正保4年 1647年 7月5日 |
幕府が松平信綱に常陸国新治郡、武蔵国埼玉郡内で15000石を給付し、信綱は総じて75000石を領す。 |
出典:『寛政重修諸家譜』巻第256「松平信綱」の項 |
正保4年 1647年 5月17日 |
池田輝興が備前国岡山にて死去する。 |
出典:『寛政重修諸家譜』巻第266「池田輝興」の項 |
正保4年 1647年 5月20日 |
江馬秀次が死去する。 |
出典:『寛政重修諸家譜』巻第1342「江馬秀次」の項 |
正保4年 1647年 6月3日 |
本多政重が死去する。 |
出典:- |
正保4年 1647年 11月26日 |
寺沢堅高死去につき、中川久盛が唐津城(肥前国)の守備につく |
出典:『寛政重修諸家譜』巻第260「中川久盛」の項 |
正保4年 1647年 -月-日 |
守澄親王の東国下向する。実俊が供奉する。 |
出典:『東塔五谷堂舎並各坊世譜』「実蔵坊」の項(『天台宗全書』) |
正保5年 1648年 1月11日 |
能勢頼之が目付となる。 |
出典:『寛政重修諸家譜』巻第274「能勢頼之」の項 |