人 物 史

三淵晴員 みつぶち はるかず
生 没 年明応9年(1500)-永禄13年(1570)3/1
出 身-幼 名-
別 称弥二郎、尚員
法 名宗薫
戒 名-
細川元有
三淵晴恒[養父]
三淵晴貞の娘
兄 弟 姉 妹細川元常三淵晴員
配 偶 者養源院(三淵晴恒の娘)、智慶院(清原宣賢の娘)
宮川尼(武田信高の妻)、三淵藤英、娘(佐々木越中守の妻)、細川藤孝、王甫紹琮、梅印元冲、長岡義重、娘(土御門久脩の妻)
官 位掃部頭、伊賀守、大和守
役 職室町幕府 申次衆
城 郭松崎城(和泉国)、大法寺城(山城国)
参 考 文 献三淵晴員に関する参考文献
関 連 デ ー タ史料にみえる三淵晴員の呼称
三淵晴員の関連文化財
三淵晴員 年表
明応9年 1500年 -月-日 1歳
三淵晴員が生まれる。
出典:-

文亀1年 1501年 2月29日 2歳
「明応」より「文亀」に年号が改まる。
出典:『厳助往年記』同年月日条

永正1年 1504年 2月30日 5歳
「文亀」より「永正」に年号が改まる。
出典:『厳助往年記』同年月日条

大永1年 1521年 8月23日 22歳
「永正」より「大永」に年号が改まる。
出典:-

享禄1年 1528年 8月20日 29歳
「大永」より「享禄」に年号が改まる。
出典:-

天文1年 1532年 7月29日 33歳
「享禄」より「天文」に年号が改まる。
出典:-

天文1年 1532年 11月9日 33歳
三淵晴員吉田兼右、神光院、周郝、吉田四郎が清水寺に参詣する。
出典:『兼右卿記』同年月日条(『ビブリア』150号)

天文3年 1534年 4月22日 35歳
子・細川藤孝が生まれる。
出典:-

天文6年 1537年 2月8日 38歳
飛鳥井雅綱邸にて歌会始が行われる。参加者は、甘露寺、山科言継、雅綱、細川陸奥守、大舘兵庫頭、朽木稙綱、細川刑部少輔、三淵晴員荒川氏隆、本郷三郎、安東平次郎。
出典:『言継卿記』同年月日条

天文7年 1538年 9月15日 39歳
誓願寺が、三淵晴員を介して本願寺証如に鐘鋳勧進の奉加を募る。
出典:『天文日記』同年月日条

天文7年 1538年 9月17日 39歳
本願寺証如に9月15日に三淵晴員を介して依頼があった誓願寺鐘鋳勧進の奉加について、以前(山科に本願寺があった頃)は「近所」であったので奉加に応じたが、現在は大坂に本願寺があり誓願寺より遠く、かつ資金難であるため奉加依頼を断る。
出典:『天文日記』同年月日条

天文10年 1541年 8月29日 42歳
北野社寺外会所の蔵円が東松崎郷(山城国)内毎阿弥分の3町余の日連歌料所(三淵晴員知行地の5段を除く)の当郷名主百姓による年貢未納を幕府に訴え、幕府が当郷名主百姓に年貢の納入を命じる奉行人奉書を発給する。署名は飯尾盛就治部貞兼
出典:同年月日付室町幕府奉行人連署奉書(『蜷川家文書』3-559号)

天文12年 1543年 10月30日 44歳
足利義晴より命じられた禁裏御修理料(加賀国分)100貫文を本願寺証如が義晴に納める。また、三淵の家造作を室町殿が命じたので、その協力金として10貫を三淵晴員に送る。
出典:『天文日記』同年月日条

天文15年 1546年 1月10日 47歳
本願寺証如足利義晴に年始の礼として音信を遣わす。あわせて清光院、三淵晴員伊勢貞孝、蜷川親俊へも音信を遣わす。
出典:『天文日記』同年月日条

天文15年 1546年 -月-日 47歳
子・玉甫が生まれる。
出典:『綿考輯録』巻1

天文16年 1547年 3月晦日 48歳
足利義晴義藤父子が北白川城(山城国)に900余騎にて籠城する。随従者は近衛稙家聖護院道増、大覚寺義尭、烏丸光康日野晴光、高倉永家、日野資将、賀茂在留、大舘晴光、細川輝経、大舘晴忠、細川隆是、伊勢貞教、摂津元造、摂津晴門、三淵晴員、小笠原備前守、武田信実和田惟政
出典:『足利季世記』巻4「公方御入城ノ事」

天文19年 1550年 5月1日 51歳
足利義晴は自身の病が悪化したため、上野信孝伊勢貞孝三淵晴員飯川信堅大舘晴光摂津元造を召し、怨敵である三好長慶を退治し子・義藤を上洛させるようにと遺言を残す。
出典:『足利季世記』巻4「前将軍薨逝ノ事」

天文19年 1550年 5月4日 51歳
辰刻(7-9時)、足利義晴が死去する。
出典:『言継卿記』同年月日条

弘治1年 1555年 10月23日 56歳
「天文」より「弘治」に年号が改まる。
出典:-

弘治4年 1558年 2月28日 59歳
「弘治」より「永禄」に年号が改まる。
出典:-

永禄4年 1561年 -月-日 62歳
子・長岡義重が生まれる。
出典:『綿考輯録』巻1

永禄13年 1570年 3月1日 71歳
三淵晴員が死去する。
出典:『寛政重修諸家譜』巻第107「清和源氏 義家流 足利庶流 三淵」「三淵某」の項

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