永正15年 1518年 7月12日 |
蠣崎光広が松前(蝦夷国)にて死去する。 |
出典:『寛政重修諸家譜』巻第154「蠣崎光広」の項 |
永正15年 1518年 8月-日 |
大内義興が周防国に帰るべく堺を発つ。 |
出典:『厳助大僧正記』同年月条 |
永正15年 1518年 8月-日 |
尼子経久が阿与城(出雲国)を攻める。 |
出典:『陰徳太平記』巻4「尼子伊予守経久攻雲州阿与ノ城事」 |
永正15年 1518年 9月6日 |
阿与城(出雲国)を包囲中、子・政久が阿与宗的に射殺される。 |
出典:『陰徳太平記』巻4「尼子伊予守経久攻雲州阿与ノ城事」 |
永正15年 1518年 9月6日 |
阿与城(出雲国)攻めの最中、尼子政久が阿与宗的に射殺される。 |
出典:『陰徳太平記』巻4「尼子伊予守経久攻雲州阿与ノ城事」 |
永正15年 1518年 9月6日 |
阿与城(出雲国)攻めの最中、父・政久が阿与宗的に射殺される。 |
出典:『陰徳太平記』巻4「尼子伊予守経久攻雲州阿与ノ城事」 |
永正15年 1518年 9月6日 |
阿与城(出雲国)攻めの最中、兄・政久が阿与宗的に射殺される。 |
出典:『陰徳太平記』巻4「尼子伊予守経久攻雲州阿与ノ城事」 |
永正15年 1518年 9月7日 |
尼子経久が阿与宗的の籠る阿与城(出雲国)を総攻めし、宗的を討ち取り、同城を落とす。 |
出典:『陰徳太平記』巻4「尼子伊予守経久攻雲州阿与ノ城事」 |
永正15年 1518年 9月7日 |
尼子経久が阿与宗的の籠る阿与城(出雲国)を総攻めし、宗的を討ち取り、同城を落とす。この総攻めに尼子国久、塩冶興久、亀井安綱、牛尾幸清、宇山久兼、横道、森脇、川等が参加する。 |
出典:『陰徳太平記』巻4「尼子伊予守経久攻雲州阿与ノ城事」 |
永正15年 1518年 9月7日 |
北野社造営につき、細川高国が材木の事について、丹波国の内藤彦五郎に同国内にて供出するよう命じる。 |
出典:『北野社家日記』同年月日条 |
永正15年 1518年 -月-日 |
子・挙久が生まれる。 *『寛政重修諸家譜』巻第205「仁賀保挙久」の項にみえる没年・享年記載より逆算。 |
出典:『寛政重修諸家譜』巻第205「仁賀保挙久」の項 |
永正16年 1519年 -月-日 |
今川義元が生まれる。 |
出典:- |
永正16年 1519年 -月-日 |
久我晴通が生まれる。 |
出典:- |
永正16年 1519年 -月-日 |
伊達晴宗が生まれる。 |
出典:- |
永正16年 1519年 -月-日 |
村上通康が生まれる。 |
出典:- |
永正16年 1519年 -月-日 |
逸見義久が生まれる。 *『寛政重修諸家譜』巻第138「逸見義久」の項の没年・享年記載より逆算。 |
出典:『寛政重修諸家譜』巻第138「逸見義久」の項 |
永正16年 1519年 -月-日 |
小山田信有が生まれうる、 |
出典:- |
永正16年 1519年 3月25日 |
厳助のもとで百韻を興行する。海蓮が参加する。 |
出典:『厳助大僧正記』同年月日条 |
永正16年 1519年 4月4日 |
島津忠隆が薩摩国にて死去する。 |
出典:『寛政重修諸家譜』巻第108「島津忠隆」の項 |
永正16年 1519年 5月11日 |
高津(阿波国)にて細川尚春が三好之長に殺害される。 |
出典:『細川両家記』、『永源師檀紀年録』乾、『重編応仁記』巻10「三好希雲居士降参自害事」 |
永正16年 1519年 8月15日 |
韮山城(伊豆国)にて北条早雲が死去する。 |
出典:『関八州古戦録』巻1「北条早雲庵父子附氏綱菩提所建立之事」 |
永正16年 1519年 10月22日 |
細川高国方の河原林正頼、池田民部丞、塩川孫太郎が、細川澄元に呼応した池田信正が籠る田中城(摂津国)を夜討ちするも、信正が退ける。 |
出典:『陰徳太平記』巻4「摂州田中ノ城夜討之事」 |
永正16年 1519年 11月-日 |
細川澄元が三好之長を先陣として四国・淡路国・播磨国の軍勢10000をもって兵庫(摂津国)、次いで難波津に上陸する。澄元は神呪寺・南槙尾に、之長は海部に、久米・河村・香川・安富は広田・中村・西宮・蓮花畠に陣取る。 |
出典:『陰徳太平記』巻4「細川澄元囲越水城付細川高国後詰之事」 |
永正16年 1519年 11月-日 |
細川澄元勢が細川高国方の河原林正頼が籠る越水城(摂津国)を攻める。 |
出典:『陰徳太平記』巻4「細川澄元囲越水城付細川高国後詰之事」 |
永正16年 1519年 11月23日 |
細川高国が細川澄元勢の攻撃を受けている河原林正頼の籠る越水城(摂津国)を救援するため、軍勢を率い京都と発つ。 |
出典:『陰徳太平記』巻4「細川澄元囲越水城付細川高国後詰之事」 |
永正16年 1519年 12月6日 |
細川高国が池田城(摂津国)に入る。 |
出典:『陰徳太平記』巻4「細川澄元囲越水城付細川高国後詰之事」 |
永正17年 1520年 -月-日 |
今井宗久が生まれる。 |
出典:- |
永正17年 1520年 -月-日 |
島津忠将が生まれる。 『寛政重修諸家譜』巻第109「島津忠将」の項に記載されている没年・享年より逆算。 |
出典:『寛政重修諸家譜』巻第109「島津忠将」の項 |
永正17年 1520年 -月-日 |
小笠原長雄が生まれる。 |
出典:- |
永正17年 1520年 -月-日 |
大内輝弘が生まれる。 |
出典:- |